右足はアクセルペダルを踏んでいる。でも同時に、左足でブレーキペダルをベタ踏みしている。

今日は昨日ちょうど読み終わった本の感想を書こうと思います。

すべての教育は「洗脳」である

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堀江貴文氏ことホリエモンの著書です。

著者ホリエモンは子供のころから学校が嫌いだったそうだ。

そんなホリエモンが学校について書いた本書。

正直。。。とてつもなく衝撃を受けた。

これまでいくつかホリエモンの著書を読んできたが、これまでの本とは違った衝撃を受けた。

これまでの本は

「なにこれ。めっちゃワクワクするぅぅぅ!!ああ~!!ダメだ!今の自分だめだ!何とかして自分を変えないと!!」

この本は

「フムフム。・・・グハッ!!まじか・・・ちょっとタイムくれ・・・。なるほどなぁ、スッキリ!!」

こんな感じ。

さて、私がこの本の中で一番衝撃を受けた言葉。

やりたい、動き出したい気持ちはある。右足はなんとなくアクセルペダルを踏んでいる。でも同時に、左足でブレーキペダルをベタ踏みしている。しかし、そのことに気づけない。我慢が習慣化しているからだ。学校教育が作り出すのは、こうした無自覚の習慣に他ならない。

今まで何冊か自己啓発本を読んできた。その度に思うのは

「今の自分を変えたい!」

これについては共感していただける方も多いのではないだろうか。

しかし、結局読了した時点ではかなりの熱量を持ってこうした気持ちになるのだけれども、暫く経つとその熱も冷め、普段の生活に収束していく。

でもね、この本は少し違った衝撃を私に与えてくれました。

私は学校大好き人間だった。

私は小学校に入ってすぐ両親が離婚したということもあり、学校の先生に褒めて貰うことにとても喜びを覚えていた。(両親の離婚に関し悲観的になったことは一度もないが)

学校の授業は特段好きではなかったが友達に会えることや学校行事に参加できることはとても好きだった。

本書はそんな学校は不必要だと訴える内容だ。

学校という制度は産業革命時代のイギリスで生まれた。

学校は国家が作り上げた常識を教える場所。

学校は子供を「規格」どおりに仕上げようとする。

学校が好きだった私は学校を疑うということを今までしたことがなかった。

しかし、本書を読み、学校という施設についてよく考えてみるとホリエモンが言っている学校教育は今の時代にそくしていないということも共感できた。

「使用する教科書を国家がチェックする」という制度があるのは先進国の中では日本だけである。

それは当たり前だと思い込んでいた事実だった。

このことを知ると国家が学校を使い国民を操作しているという話も納得できる。

「会社では出る杭は打たれる」というが、

これは学校での教育ですでに常識として私たちの身に叩き込まれている。

いい大学を出て、いい会社に就き、結婚して、子供を作り、マイホームを手に入れる。

これが幸せの黄金ルートだと信じ込まされていた。

国家は国民にそうして働き、人口を増やし、税金を納めてもらいたかったから。

しかし、現在は「それだけが幸せではない」と誰もが気付いている。

気付いていながらも、したくもない仕事に就き、毎週月曜日は嫌々仕事に行き週末を楽しみにして自分を奮い立たせる。我慢しながら生き、それが当たり前であり、幸せのためだと思いこんでいる。

インターネットの普及により会社に属さずにお金を手にすることができるようになった。

幸せは多様化している。

これからの社会の中で、人生100年時代と謳われる中で、どういった生き方をしていくことが幸せなのか。

本書の後半はそれについて書かれている。

もちろん多様化している幸せの中で、本書で謳う幸せだけが幸せだとはいえないかもしれない。

しかし、こういった幸せもあるという参考程度に読んでおいて今後の人生に損はない一冊だと思う。少なくとも、本の価格、読むための時間に対するコスパはとてもいい。

結局私は自己啓発本を読むことで意識を高め、アクセルを踏んでいたが今までは全くと言っていいほど前に進まなかった。なぜだったのか。

自分の左足に気付いていなかった。それが当たり前だと思い、疑うことをしなかったから。

この本を読んで私はそれに気づけただけで気持ちがスッキリした。

この本を読んでよかった。そう思う。